
2011年から2020年初めまでの作品423首を収めた第3歌集。
手のひらに日毎に滲(し)みて石鹼はひと冬かけて私のなかへ
身体ばかりがいつまでもあり 死はそこに死んだ者さえ置き去りにする
鈴付きの破魔矢はみ出す紙袋マンガ喫茶の通路に置かる
子を産まぬミーアキャットは子を産みしミーアキャットのヘルパーとなる
私から私はいつもずれながら遠花火そらの丹田に散る
椅子ありて店番おらず紫のパンジーの咲く石橋水道店
甲虫の肢(あし)内側に折るように眼鏡を畳むきょうの終わりは
何もない時間膨張する秋は体の奥の骨組みしずか
わたしの手も使ってほしい 三月の空を隈なく撫でてゆく手よ
死はいまだ来るものでなく向かうもの避雷針に寄る朝の鴉
1首目、使い切った石鹼が身体の中に入っていったと捉える。
2首目、死というものの不思議な感じがよく表れている歌。
3首目、初詣の帰りか。破魔矢とマンガ喫茶の取り合わせの妙。
4首目、妹の出産を詠んだ一連に置かれていることで重みを持つ。
5首目、「そらの丹田」がいい。身体と心のずれ、自意識のずれ。
6首目、不在の持つ美しさが絵画的に描かれている。
7首目、上句の比喩がうまい。色や材質まで伝わってくるようだ。
8首目、「骨格」よりも無機質な印象。透けて見えてくる感じ。
9首目、初二句の唐突な要求が何かわからないながらも心に響く。
10首目、何歳くらいから死は来るものになるのだったか。
2020年4月20日、柊書房、2300円。