2020年05月02日

近江瞬歌集『飛び散れ、水たち』


353首を収めた第1歌集。

全体が三部構成となっていて、TとUは若々しい青春を詠んだ歌や相聞歌が多い。Vは東日本大震災に関する歌。作者は石巻に住み新聞記者をしている。

僕たちは世界を盗み合うように互いの眼鏡をかけて笑った
ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ
てっぺんにたどり着けない服たちが落ち続けてるコインランドリー
散るでなく桜は消えてしまうもの例えば路上の白線の中
遠くその夜に触れたい一通のメールで君の画面を灯す
筆談で祖父は「へへへ」と笑い声を書き足している険しき顔で
ビニールの中の金魚におそらくは最初で最後のまちを見せてる
東京をマクドナルドが赤色に染め上げた店舗マップを閉じる
たった一度の役目を終えて試食用つまようじのバラバラの針先
上書き保存を繰り返してはその度に記事の事実が変わる気がする
僕だけが目を開けている黙祷の一分間で写す寒空
被災地視察に新大臣が訪れる秘書の持つ傘で濡れることなく
図書館も被災してれば国の金で立派にできたのになんて言葉も
まとめるのうまいですねと褒められてまとめてしまってごめんと思う
消えるほうばかり尊い線香が灰と煙に分けられてゆく

1首目、相手がいつも見ている風景をのぞき見するような気分。
2首目、チョークの赤や黄色や白の粉が美しく風に流れていく。
3首目、ドラム式洗濯機の中でどこへも行けずに回り続ける服。
4首目、満開だった花が魔法のように消えて路上にも残ってない。
5首目、相手のスマホが受信メールの通知で点灯するのを想像する。
6首目、祖父の生真面目な性格がうかがわれて印象深い。
7首目、金魚すくいの帰り道。水の中から見えるだろう街の風景。
8首目、東京と地方の大きな格差を如実に実感する場面。
9首目、ほんの少し使われただけで捨てられてしまう物へ向ける目。
10首目、事実は一つのはずなのに記事の書き方で変っていく。
11首目、仕事で写真を撮るために、黙祷の間も目を閉じられない。
12首目、すべてお膳立てされた視察のあり方に対する疑問。
13首目、被災地の実態もきれいごとばかりではない。
14首目、記事にまとめることで抜け落ちてしまうものもある。
15首目、立ち昇る煙は空へ消えていくが灰は汚れて残ったまま。

2020年5月3日、左右社、1800円。

posted by 松村正直 at 08:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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