2020年04月24日

石川美南歌集『体内飛行』

ishikawa.jpg

「短歌研究」に連載された「体内飛行」30首×8回と「1980−2019」40首の計280首を収めた第5歌集。

中学生の頃が一番きつかつただらうな伏目がちのメドゥーサ
ひとりへの傾斜怖くて暗がりに踏み出すときは手すりに頼る
遠国の地図と思へば親指のつけ根に茜なす旧市街
人口の減少のこと聞きながらバス停〈願(ねがひ)〉〈黒姫〉〈椿〉
バスタオル干しつつ焦る 人の言ふ「まあ良いけど」は良くない合図
こんなにも凸凹な表面に触れ確かめてをり人をわたしを
現実よ まばたきのたび分岐してその幾つかにあなたが翳る
祖母の好きな讃美歌流れ、わたしよりなぜかあなたが先に泣き出す
見なくてもいいとやんはり断られひとりつくづく見る出べそかな
一人一切れ尻に敷いては千切らるる検診台の浅黄のシート

1首目、メドゥーサに自分を喩えて、過去を回想している。
2首目、好きな人への思いが募ることに対するおそれ。
3首目、てのひらに刻まれた線を町の地図に見立てている。
4首目、バス停の名前から物語が生まれるように感じる。
5首目、相手の答え方のパターンが徐々にわかってきたのだ。
6首目、性愛は相手以上に自分自身を確かめることでもある。
7首目、まばたきをするたびに別の未来が見えてくる感じ。
8首目、祖母の葬儀の場面。血縁ではない夫が悲しんでくれる。
9首目、妊娠中のお腹を見せようとして夫に断られたのだ。
10首目、検診用の使い捨てロールシートの具体的な描写。

好きな人ができて、結婚して、妊娠するという流れで展開する。それを言葉で説明するのではなく「指のサイズ確かめたのち」「試着室に純白の渦作られて」「これが心音です」といった言い方で伝えるところがうまい。

また「遠視性乱視かつ斜視」「アトピーの悪化」などについて、自ら歌に詠んでいるところにも力を感じた。

2020年3月20日、短歌研究社、2000円。

posted by 松村正直 at 10:33| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。