2020年04月12日

齋藤芳生歌集『花の渦』

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378首を収めた第3歌集。

黙礼するにあらねどすこし目を伏せて道路除染の前を過ぎたり
  線香花火
牡丹、松葉、柳、散り菊 ほのほのと照らされて父も母も老いたり
ひとを恋う髪すすがんとする水のするどくてはつか雪のにおいす
高校生ら一駅ごとに降りてゆき花水坂(はなみずざか)駅が最後のひとり
「フクシマの桃をあなたは食べますか」問いしひとを憎まねど忘れず
先に帰れと言われても兄を待っている弟は兄と同じ瞳をして
風化、とは みほとけの崩(く)えゆくさまを曝してふくしまの秋は短い
さらさらと雪ふりかかる渡し場の跡に身を寄せあえるは水鶏(くいな)
「畢(おわり)」の一字がくるくるまわって止まらない大長編小説読了ののち
はつ雪の前に交換せねばらならぬこころもありて 生活はつづく

1首目、福島に住む作者の除染作業に対する微妙な感情が滲む。
2首目、線香花火の始めから終わりまでが人間の一生と重なる。
3首目、清冽で冷たい水と熱い恋心の取り合わせがいい。
4首目、飯坂電車の駅。ローカル線の雰囲気がよく伝わってくる。
5首目、結句「憎まねど忘れず」に憎むよりも強い憤りを感じる。
6首目、作者は学習塾に勤める。兄の授業が終わるのを待つ弟。
7首目、摩崖仏の風化と原発事故に対する人々の記憶の風化。
8首目、川岸に残る杭や桟橋のかげに水鶏が集まってきている。
9首目、「畢」という文字は確かにマニ車のように回りそうだ。
10首目、車のタイヤ交換の話であるとともに心構えの話でもある。

2019年11月16日、現代短歌社、2700円。

posted by 松村正直 at 17:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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