2012年に河出書房新社より刊行された単行本の文庫化。
東日本大震災後の2011年6月13日から15日の三日間、熊本市の石牟礼道子宅で行われた対談を収めている。
帯に「水俣と福島―共振する、ふたつの土地」とあり、最初はちょっと強引な結び付け方ではないかと思ったのだが、対談を読み進めるうちに、水俣で起きたことと福島で起きたことの間には深い共通点があることがよくわかった。
電気が最初に来た日は、何時ごろ電気が来ますと町内でふれ合って、時計を見ながらみんなで待っているんです、電気を。傘もない裸電球ですけれども。そのときの驚きとうれしさはなかったですよ。「それで世の中が開ける」という言葉が家では定着していました。その最初を開いてくれたのは会社だ、と。
「チッソ」とはいっていませんでしたね。いまでも「チッソ」とはいわない。水俣に行けば「会社」という。
うれしかったですよ。だって、大人たちが「市になってよかった」と。日本の近代というのは田舎をなくそうということだったでしょう。それで、「田舎者」という言葉がありますように、「いなかもん」といわれるほど屈辱はない。
水俣とチッソの関係は、福島(の浜通り)と東京電力の関係とよく似ている。
石牟礼の記憶は非常に鮮明で、細かな部分にも話は及ぶ。それを丁寧に掬い取りながら話題を展開していく藤原のさばきも良い。内容の濃い優れた対談だと思う。
2020年3月20日、河出文庫、850円。