2020年03月28日

「塔」2020年3月号(その1)

ありがたうすみませんなどもう言はず一日黙つてゐたい病室
                 岩野伸子

入院中は看護師や見舞いの人に手伝ってもらうことが多く、そのたびにお礼を言っていると疲れてしまう。そっとしておいて欲しい気分。

いつまでも空き缶つぶす音がする妻を亡くしし人の庭より
                 竹下文子

独り暮らしになった男性が黙々と空き缶を潰している。その行為に没頭することで、心の空虚感をかろうじて埋めているのかもしれない。

男殺油地獄がもしあればあぶらはもっともっとひつよう
                 大森静佳

「女殺油地獄」では与兵衛がお吉を殺す場面で油壺が倒れて油まみれになる。この歌では逆に女が男を殺す場面をイメージしているのだ。

四つに組む力士のように舞茸の天麩羅ふたつ皿の上にあり
                 天野和子

初二句の比喩が面白い。てのひらのような形をした舞茸の天麩羅が二つ、立てたように皿に盛り付けられている。色も人間の肌っぽい。

干し首のごとき玉葱が吊られをりコーラあかるきヴェンダー
の陰               篠野 京

初句からぎょっとするような比喩が使われている。コカコーラの赤い自動販売機とその陰に吊られた玉葱の薄暗さの対比も印象に残る。

手の内の小さき画面に雨雲の無きを確かめスーパーへ行く
                 畑久美子

スマートフォンで天気予報の雨雲レーダーを見て、今のうちにと近所へ買い物に出たのだろう。何とも便利な時代になったものである。

子供なら跳んで渡つて遊ぶだらう礎石が並ぶ国分尼寺跡
                 岡田ゆり

点々と並ぶ礎石を見ながら、石から石へぴょんぴょん跳んでみたくなったのだ。でも、大人になるとなかなかそういうことはできない。

posted by 松村正直 at 00:56| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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