
「りとむ」所属の作者の第2歌集。3人の子を詠んだ歌が多い。
一斉にはばたく音に振り向けばいま満ちてゆく木蓮の花
胎動の腹に手を当て耳寄せて〈父〉とは遠きアプローチなり
手のひらにおさまるほどに畳みゆく小さくなったこの春の服
白衣着て消すわたくしのわたくしをロッカー室のハンガーは吊る
くちびるがおしゃぶり落としみどりごの浅き眠りは岸離れたり
コイケヤがカルビーを論破してゆくを半開きの耳のままに聞きたり
パンくずを残してわれのヘンゼルとグレーテル もう、帰っておいで
あちらとこちら行ったり来たり行ったきり「わたし、しぬの?」という問いのなか
もうこんな時間になった昼よりも重たく沈むリラの香りは
食べるのがしんどい母の病床にお守りだった赤紫蘇ゆかり
1首目、木蓮の大きな花びらを鳥に見立てている。
2首目、体内に胎児を育む母に対して、父は外から接するしかない。
3首目、幼児の成長に伴って、次々と着られなくなる服。
4首目、私服から白衣に着替える時に、公私の切り替えもする。
5首目、うとうとしていた幼児が本格的な眠りに入っていく。
6首目、どちらのポテトチップスが美味しいかの論争だろう。
7首目、遊びに行ったきりなかなか帰ってこない兄妹。
8首目、母の臨終の場面。何度か意識を取り戻した末に亡くなる。
9首目、夕方になると街路樹のリラの香りが濃く漂う。
10首目、食卓などで「ゆかり」を見ては亡くなった母を思い出す。
2020年2月12日、本阿弥書店、2200円。