1962年に秋元書房から刊行された本を再編集し、加筆・修正のうえ文庫化したもの。おススメの一冊。
「写真家としてこの十年間二千日くらい旅行をした」と記す作者が、北は北海道のノサップ岬から南は沖縄の久高島まで、昭和30年代の日本各地を訪れた記録。
150点余り掲載されている写真が実にいい。風景も人の表情も、豊かで力がある。私の生まれる前の世界なので、懐かしさとは違う。別世界の美しさといった感じである。
文章も味わい深い。
歯舞をすぎてバスの車掌が、
「カワイさん前」
と呼ぶ。北海道の田舎を旅行していると「タカハシさん前」とか、「キムラさんのお宅前」という名のバスの停留所にあう。広々とした原野の中にぽつんと一軒、サイロウを持った農家がある。(北海道ノサップ)
鉄道東海道線が開通して回船制度が消滅すると、同時にそれは妻良の没落であった。以後七十年間、妻良は毒りんごを食べた白雪姫のように眠りつづけてしまった。(静岡県妻良)
誰一人知る人もない外泊の村へ坂をこしてゆくのはいくらか心細かった。それでも岬をまわって外泊を一目見た時、私の瞳は天地に一ミリずつ大きく開いたほどの素晴らしさに見とれた。(愛媛県外泊)
全国18か所が紹介されているのだが、私が行ったことのあるのは「網走」と「舳倉島」の2か所だけ。もっと日本のあちこちに行ってみないとなあ。
2020年1月25日、角川ソフィア文庫、1160円。