先日、万城目学の『悟浄出立』を読んだ流れで、中島敦を読む。
小説17篇と短歌170首あまり。読んだことのある作品がほとんどだが、やはり中島敦はいい。
彼の主人たるこの島の第一長老はパラオ地方――北はこの島から南は遠くペリリュウ島に至る――を通じて指折の物持ちである。 /「幸福」
昭和 17年11月の作品だが、このわずか2年後にペリリュー島が日米両軍の激戦地になることを思うと感慨深い。パラオには一度行ってみたい。
「巡査の居る風景」(昭和4年6月)は戦前の朝鮮が舞台。夫が商売で東京に行って地震(関東大震災)で亡くなったと言う朝鮮人女性が出てくる。
男は急にギクリとして眼をあげると彼女の顔を見た。と、しばらくの沈黙の後、彼は突然鋭く云った。
――オイ、じゃあ、何も知らないんだな。
――エ?何を。
――お前の亭主はきっと、……可哀そうに。
ここに暗示されているのは朝鮮人虐殺事件である。彼女の夫は地震で死んだのではなく、震災の混乱のなかで殺されたのだ。
うす紅くおほに開ける河馬の口にキャベツ落ち込み行方知らずも
海越えてエチオピアより来しといふこのライオンも眠りたりけり
縞馬の縞鮮やかにラグビイのユニフォームなど思ほゆるかも
うねうねとくねりからめる錦蛇一匹(ひとつ)にかあらむ二匹(ふたつ)にかあらむ
カメレオンの胴の薄さや肋骨も翠(みどり)なす腹に浮きいでて見ゆ
2008年3月10日、ちくま文庫、880円。