2020年02月25日

『ちくま日本文学12 中島敦』


先日、万城目学の『悟浄出立』を読んだ流れで、中島敦を読む。
小説17篇と短歌170首あまり。読んだことのある作品がほとんどだが、やはり中島敦はいい。

彼の主人たるこの島の第一長老はパラオ地方――北はこの島から南は遠くペリリュウ島に至る――を通じて指折の物持ちである。  /「幸福」

昭和 17年11月の作品だが、このわずか2年後にペリリュー島が日米両軍の激戦地になることを思うと感慨深い。パラオには一度行ってみたい。

「巡査の居る風景」(昭和4年6月)は戦前の朝鮮が舞台。夫が商売で東京に行って地震(関東大震災)で亡くなったと言う朝鮮人女性が出てくる。

 男は急にギクリとして眼をあげると彼女の顔を見た。と、しばらくの沈黙の後、彼は突然鋭く云った。
――オイ、じゃあ、何も知らないんだな。
――エ?何を。
――お前の亭主はきっと、……可哀そうに。

ここに暗示されているのは朝鮮人虐殺事件である。彼女の夫は地震で死んだのではなく、震災の混乱のなかで殺されたのだ。

うす紅くおほに開ける河馬の口にキャベツ落ち込み行方知らずも
海越えてエチオピアより来しといふこのライオンも眠りたりけり
縞馬の縞鮮やかにラグビイのユニフォームなど思ほゆるかも
うねうねとくねりからめる錦蛇一匹(ひとつ)にかあらむ二匹(ふたつ)にかあらむ
カメレオンの胴の薄さや肋骨も翠(みどり)なす腹に浮きいでて見ゆ

2008年3月10日、ちくま文庫、880円。

posted by 松村正直 at 23:12| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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