「塔」「月光の会」所属の作者の第1歌集。
六月の雨に打たれて泣いていた紫陽花 未明 鉄道自殺
ねえ坊やもっといいもの見せたげる籠の螢は逃がしておやり
「戦争を知らない子供たち」さえも、知らない子供たちの戦争
ホルマリン漬けの巨大な脳ひとつ遺りて春の螺旋階段
白梅のいろはにほへと散りぬるを なのにあなたは京都へゆくの
海峡をわたる春風初蝶の監視カメラにリレーされたる
刻むには惜しいと思うかく長き葱にして名を那須白美人
システムはわからぬながらお彼岸の頃ともなれば咲く曼珠沙華
西安の路地に座れる老人の手より買いたる長安の桃
水打たれ時の止まりし玄関に手花火のごと嵯峨菊の咲く
高野悦子、高橋和巳、石川啄木、宮沢賢治、坪野哲久、中島みゆきなどを詠んだ歌や、歌謡曲、映画、文学などを踏まえた歌が多い。広い意味での本歌取りやコラージュ的な手法が目につく。
1首目、1969年6月に20歳で自死した高野悦子を偲ぶ歌。
3首目、1970年発売のヒット曲。年々戦争の記憶は風化していく。
4首目、襞の多い脳の形と「螺旋階段」のイメージが重なり合う。
6首目、日本各地に設置された監視カメラに次々と映る蝶の姿。
7首目、「那須白美人」という名前なので、刻むのが躊躇われる。
9首目、桃は中国が原産。現代からタイムスリップしたような感覚。
2019年11月28日、静人舎、1800円。