韓国出身で日本の大学院に学び、「NHK短歌」にも出演する作者の第1歌集。
ソウルの母に電話ではしゃぐデパ地下のつぶあんおはぎの魅力について
焼き鳥を食べに行こうと誘ってよ大学の並木を一人で帰る
初恋の人が結婚しましたと山手線が終点に着く
娘など家を継げない他人だと言ってた祖母も誰かの娘
マグカップ両手で持って飲むわれにイルボニンぽいと友がまた
言う (イルボニン:日本人)
牛丼にサラダをつける「わたし女ですから」というような顔して
上下するお湯が真っ黒に変わりゆく君と最後のサイフォンコーヒー
日本語の発音のままハングルで記すノートは誰も読めない
聞いてもない帰化の条件聞かされる春の昼下がりはアウターに困る
手術後の消えない傷は冷えるたびまた痛み出す 三十八度線
1首目、「デパ地下」という略語がごく自然に使われている。
2首目、仲間で焼き鳥を食べに行く際に誘われなかった寂しさ。
3首目、下句は長く回り続けてきた時間が終わる感じ。
4首目、祖母もまた同じ女性として苦労してきた人だったのだ。
5首目、韓国人の友人の何気ない言葉に心が揺れる。
6首目、牛丼だけを注文するのはハードルが高いのだろう。
7首目、「真っ黒」がコーヒーの色だけでなく心情も表している。
8首目、自分は一体何者なのかというアイデンティティの揺らぎ。
9首目、親切心ゆえのお節介に対する戸惑いが下句から伝わる。
10首目、南北分断の現状を身体的な痛みとして感じ取っている。
韓国には「つぶあんおはぎ」がないことや、女性でもマグカップを片手で持つ人が多いこと、南北分断の現状を常に自分自身の問題として捉えていることなど、いろいろと教えられることの多い歌集だった。
2019年12月10日、角川文化振興財団、2600円。