2020年01月30日

楠誓英歌集『禽眼圖』


現代歌人シリーズ28。第2歌集。

日常生活のちょっとした裂け目から、死者やあの世が垣間見える。生の裏側にひったりと貼りつく死の世界を、作者は繰り返し歌に詠む。

わが胸に一枚のドアの映りたりトンネル内を電車止まりて
ロッカーのわたしの名前の下にある死者の名前が透けて見えくる
跳ねてゐる金魚がしだいに汚れゆく大地震(おほなゐ)の朝くりかへしみる
人の腰にゆはへられ雉は見ただらう逆さにゆるる空山のさかひ
橋梁を渡るとこちらはあちらになり絮(わた)とぶなかに亡兄(あに)の立ちたり
洗濯機の内側ふかく陽の射さず朽ちゆくネジのかがやきが見ゆ
狂ふことおそるるときに狂ふとぞ頭蓋に響くシューマンのソナタ
したしたと二本の脚の生えてきて夜気ぬらしゆく真鴨のありて
鞄のなか昨日の雨に冷ゆる傘つかみぬ死者の腕のごとしも
はつなつの光をとほす浅瀬には獣の骨にあそぶ稚魚あり

1首目、二重写しになったドアの奥には何が潜んでいるのか。
2首目、かつてロッカーを使っていた人の名前が残っている。
3首目、鉢が割れて何度も地面で苦しそうに跳ねる金魚の姿。
4首目、猟師に撃ち落とされた雉の目に映る風景。
5首目、生者と死者はちょっとした偶然で入れ替ってしまう。
6首目、洗濯機の中のくらやみ。光と影が反転するような歌。
7首目、精神障害を発症して46歳で亡くなったシューマン。
8首目、「生えてきて」がいい。水から上がったところか。
9首目、折りたたみ傘はちょうど人間の腕くらいの太さだ。
10首目、死と生の対比が鮮やかに、そして美しく描かれている。

2020年1月7日、書肆侃侃房、2000円。

posted by 松村正直 at 16:45| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。