2020年01月14日

「穀物」第6号

飲食(おんじき)のため御する火のとりどりに並びて市に湯(タン)を煮る鍋
                    小原奈実

市場でスープを煮ている場面。「湯(タン)」という表記だけで海外だとわかるところがいい。活気溢れる市場の様子が見えてくる。

春雷は鏡の谷にひらめくをわが引く藍いろのアイライン
                    川野芽生

「鏡の谷」は三面鏡のことだろう。「藍いろ」と「アイライン」の響き合いと句跨りの味わい。「ひらめくを」の「を」が効いている。

こころは声にこゑは夜霧にながれつつなぐさめてくれなくていいから
                    濱松哲朗

三句以下「ながれつつ/なぐさめてくれ/なくていいから」と「な」の音でつながっていく。相手からの慰めを欲しつつも拒絶する感じ。

水草の眠りのやうに息をするあなたの土踏まずがあたらしい
                    濱松哲朗

「土踏まず」は普段はあまり他人に見せることのない部位。安らかな寝息を立てて眠る相手の土踏まずを、新鮮な思いで見つめている。

「残酷なことをしていた」そうなのか残酷だったのか今までは
                    廣野翔一

恋人から別れを切り出された場面。一緒に楽しく過ごした時間を「残酷」だったと言われたことが胸に痛い。呆然とした思いが伝わる。

皿を置くときみは煙草をやめていた秋にしばらくそのままの皿
                    山階 基

灰皿と言わずに「皿」と言ったのがいい。「きみ」がもう煙草は吸わなくなっていたことを知らなかったのだ。そのちょっとした寂しさ。

山階基歌集『風にあたる』の特集が組まれていて、川野芽生「あともどりできない歌―『風にあたる』の中に流れる時間」が良かった。

山階基の歌は、読みやすいようでいて、時制や文体にどこか不思議な屈折を感じるものが多い。
山階の歌には、だらだらと経過していきながら決してあともどりできない時間が内包されている。

どちらも的確な分析だと思う。

2019年11月24日、400円。

posted by 松村正直 at 07:44| Comment(0) | 短歌誌・同人誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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