このステパン・マカロフ(1849‐1904)に関する小ネタを一つ。
かつて樺太の東海岸に知取(しるとる、しるとり)という町があった。知取炭鉱や王子製紙知取工場などがあり、人口は約1万8千人。
昭和10年5月に樺太を訪れた林芙美子は、樺太庁の置かれた豊原から敷香へ鉄道で向かう途中に、この知取を通っている。
知取の町は豊原よりにぎやかかも知れません。それに第一活気があって、まるでヴォルガ河口の工場地帯のようでした。灰色の工場の建物はやや立派です。煙が林立した煙突から墨を吐き出しているようなのです。ここでは新聞紙やマニラボール、模造紙、乾燥パルプをつくっています。(「樺太への旅」)
工業都市として賑わっていた様子がよくわかる描写だ。
この町は現在、「マカロフ」という名前になっている。これはステパン・マカロフの名前にちなんで名づけられたもの。第2次世界大戦に勝利したソ連が、日露戦争で戦死した英雄の名前をこの町に付けたのだ。
もともと南樺太が日露戦争後に日本に割譲された土地であったことを思えば、そこに込められた意味は自ずと明らかだろう。
陸軍の 乃木さんが ガリガリ山でどーしゃーす スズメ メジロ ロシヤ 野蛮国 クロバトキン キンダーマ マグローフ ふんどーし 締めた タンキーリ リコッショーの禿げ頭 饅頭食って皮残し 尻の穴も十文字 地獄の道も金次第 意地悪爺さんポチ借りて 帝国万歳大勝利(戻る)
一般には「陸軍の乃木さんが凱旋す」で、各地にいろいろなバージョンが存在するようです(祖母は三重県四日市市生まれ育ち)。
クロバトキンはクロポトキン、マグローフがマカロフ提督、リコッショーは李鴻章のようですが、タンキーリだけが意味不明です。ロシアか清国にそんな名前の人がいたのでしょうか。
「マカロフ提督追悼の詩」とはエラく情趣の違った俗謡で、失敬致しました(思い出しながら書いていて、汗かいてしまった・・・)。
当時の一般の人々の感覚がよく窺えます。
「クロパトキン」は日露戦争当時のロシアの満州軍総司令官の名前でしょう。「黒鳩」などと茶化した文章を見かけたことがあります。革命家・アナーキストの「クロポトキン」とは別人ですね。
タンキーリは、ひょっとしたら痰切り飴のことかもしれません(饅頭も出て来るくらいですし)。
「日露戦争に於て露軍の野戦司令官黒鳩均将軍は退却が旨いので古今の名将なりとの賞賛を博し得た例も御座れば」
黒鳩のことを伺ってなければ流してしまうところでした。筆者はジャーナリストで随筆家で自称ペラゴロの青柳有美(1873-1945)、やはりどことなくおちょくった文章ですね。年跨ぎのネタで失敬致しました。
「退却が旨いので古今の名将なり」は、かなりの皮肉ですね。