2019年12月25日

「塔」2019年12月号(その1)

白く冷たい音をたてつつそそがれて牛乳は朝のカップに目覚む
                    河野美砂子

「白く冷たい」牛乳ではなく「白く冷たい」音。目覚めるのも私ではなく牛乳。言葉が微妙にずらされることで光景が鮮明に見えてくる。

閉めるなとふ札のかかりて営林署の蛇口は山水流しつ放し
                    酒井久美子

蛇口をきっちり閉めてしまうと凍ってしまうのだ。冬には雪が積もるような寒い土地の感じが伝わる。水道ではなく沢から引いてきた水。

その川は筑紫次郎と呼ばれおり太郎三郎と出会うことなく
                    貞包雅文

「筑紫次郎」は筑後川。坂東太郎(利根川)や四国三郎(吉野川)と兄弟みたいな名前だが、もちろん離れ離れで合流することはない。

引き潮の昏い海岸を駈けていった大きな犬こわいくらい身軽な
                    白水裕子

モノクロ映画のワンシーンのような場面。下句「大きな犬こわい/くらい身軽な」の句跨りが、憧れや怯えのような不思議な余韻を残す。

怒られる前に帰ると娘はわらえりガラスのようないつもの声で
                    朝井さとる

あまり長居して喋っていると最後は小言になると知っているのだ。適度な距離感のある母と娘のさっぱりした関係が感じられて心地よい。

踏み跡を吸ひとるやうに雪をふむ白馬岳に眼はしろく病む
                    坂 楓

前の人の靴跡に自分の靴を重ねる様子を「吸ひとるやうに」と言ったのがいい。ずっと足元の雪を見続けて、目が見えにくくなっていく。

清くんが死んだよと言われ清くんは思い出の沼から立ち上がり来る
                    吉田淳美

もう忘れていた子どもの頃の友達だろう。その死を知らされて記憶の奥から甦った「清くん」。死んだことで一瞬作者の中に生き返った。


posted by 松村正直 at 21:39| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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