松平盟子「前髪を上げなかった陽子へ」(4ページ)は、没後20年を迎える永井陽子の思い出を記したもの。
四十八歳のその死は、もちろん大きな驚きではあったが、永井の場合、残念さはともかく、自死は不自然でも不思議でもないと身近な人たちの多くは感じたのではないか。私もたぶんその一人だった。
私たちは性格も歌風も異なり、相互に刺激し合いながら、どこか微妙に噛み合わないものを感じ取っていたと思う。
永井陽子は生涯まぶたを覆うほど前髪を伸ばしていた。前髪のすぐ下の両目は細く、人を直視しないで話をした。笑うときは口をあまり開けず「ククッ」と声を押し出した。
島崎藤村の「初恋」に「まだあげ初めし前髪の」というフレーズがあるように、かつては「前髪を上げる」=「大人の女性になる」という意味を持っていた。「前髪を上げなかった陽子」という言い方には、少女性を失わなかった永井に対する松平の複雑な思いが滲んでいるのだろう。
2019年12月1日、1500円。