第62回角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。
道端に捨てられている中華鍋日ごと場所替えある日消え去る
唇と唇の距離は0として確かめている君との距離を
渋谷まで電車に乗ってゆく我は十五分だけ年老いてゆく
この辺の住民はみな猫になりましたと白い猫は顔拭く
蠢いて脱出謀る小間切れの蛸は陽射しのある方へゆく
鉄筋の臭いをさせる作業着の女と同じ鯖煮定食
リビア産新鮮魚介ブイヤベース〜難民船の破片を添えて〜
靴裏が歪み舞う葉は静止して駆け出す瞬間男噴き出す
ぼくの持つバケツに落ちた月を食いめだかの腹はふくらんでゆく
卒業後ありとあらゆる怪しさを脂肪に詰めた男寄りくる
1首目、道端からなくなってホッとしたような寂しいような気分。
2首目、キスをしながら相手との心の距離を計っている。
3首目、通勤電車に乗っている時間もまた人生の一部である。
4首目、猫の仕種は時おり妙に人間っぽく感じられることがある。
5首目、韓国の市場で見た光景。切られてもまだ動き続ける。
6首目、「鉄筋」「作業着」と「鯖」の色のイメージが重なる。
7首目、強烈なブラックユーモア。地中海を渡れずに沈んだ難民船。
8首目、走る男の姿を超スローモーションで詠んだ一連の歌。
9首目、「月を食い」がいい。水面に映る月と抱卵しているメダカ。
10首目、話を聞かなくても見るからに怪しそうな気配が漂う。
2019年10月31日、角川文化振興財団、2200円。