2019年12月11日

『闘う文豪とナチス・ドイツ』の続きの続き

トーマス・マン日記をもとに書かれた本であるが、あちこちに著者の池内紀自身の姿も浮かんでくる。

例えば自殺した長男クラウス・マンとの関わりを記した章には「父と子のあいだに亀裂の走った最初のできごと」「父はつねに一定のへだたりをとっていた」といった記述がある。おそらくこれを書きながら、池内もまた自身の息子との関わりを考えていたに違いない。

また、「老い」も晩年の池内の大きなテーマであった。

「横になったまま溲瓶(しびん)へ放尿をするさいベッドやシーツが汚れた。すべて八十歳になるまで一度も経験のないことだ。不快きわまる、恥ずかしいことだ」

こうした日記の文章を引用しつつ、池内も七十代後半に差し掛かる自らの老いを考えていたのだろう。それは、本書と同じ2017年に『すごいトシヨリBOOK トシをとると楽しみがふえる』という本を出していることからもわかる。

そしてもちろん、一番大きなテーマはナチスである。それもナチス自体ではなく、それを生み出した国民の動向が、池内にとっての関心事であった。その問題意識の背景には、2010年代の日本のあり方に対する池内自身の強い危惧がある。

それは、今年7月に刊行されて遺作となった『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』へと続いている。刊行後に誤記や事実誤認の多さを指摘されてネットで激しいバッシングを受けた本であるが、そういう観点で読んでみたいと思う。

posted by 松村正直 at 07:30| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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