2019年12月04日

「塔」2019年11月号(その2)

負傷した一兵卒と看護婦の出会いのありて生まれた私
                 坂下俊郎

戦争中の偶然によって出会った二人。戦争がなければ、父が負傷しなければ、母が別の病院勤務だったら、生まれることのなかった自分。

濃くうすく白さの濃度かえながら霧ながれゆく白滝山に
                 市居よね子

濃淡のある霧が流れてゆく様子だけをシンプルに詠んでいて印象に残る。「白滝山」という固有名詞も、この歌によく合っているようだ。

もうあまり泡のたたない石鹸のうすさのようなメールを返す
                 紫野 春

四句目までが長い比喩になっている。以前はもっと中身のあるメールをやり取りしていたのだろう。二人の関係の変化と寂しさが伝わる。

硝子戸と網戸の隙間に閉ぢ込めた熊蜂の目がぢつと見つめる
                 新井 蜜

網戸に止まっていた蜂を見て咄嗟に硝子戸を閉めたのだ。そのまま放置するつもりの作者を蜂は睨んでいるのか、助けを求めているのか。

バス停の案内板は今日も立つお前は乗せてもらへないのに
                 益田克行

バス停は人のような形をしているので擬人化しやすい。バスに乗る人たちの先頭にいるのにバス停自身は永遠にバスに乗ることがない。

胸に棲む小鳥に餌をやるようにステロイド剤深く吸いこむ
                 佐藤涼子

喘息の発作の予防などに用いられるステロイド剤の吸入。上句の比喩に病気とともに生きていくしかないという覚悟や決意が感じられる。


posted by 松村正直 at 09:06| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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