灯台はさながらマッチの棒に見え良い事ばかりそうは続かぬ
紺屋四郎
遠くにある灯台を見ながら下句のことを思ったのだろう。「マッチの棒」という素っ気ない言い方が、何か悲しみのようなものを伝える。
いつかあなたの絵の中に見し水色の橋渡りゆくあなたの通夜へ
酒井久美子
あなたの家の近くに架かる橋なのだろう。絵の中の世界と現実の世界が混じり合うような不思議な感覚が、生と死の隔たりにも通じる。
初蟬の夕べ夫と見ていたり中井貴一の長きくちづけ
山下裕美
テレビで映画やドラマを見ている場面。隣りにいる夫が妙に意識されてしまう。「中井貴一」と「長きくちづけ」の音の響き合いが絶妙。
よく喋る運転手なり天性のものではおそらくない快活さ
金田光世
乗車したタクシーの運転手の明るさが職業的な努力によるものだと感じ取る。作者もまたそういう努力をしているからかもしれない。
契約の署名の中にあの時の体力があり跳ねも払いも
竹田伊波礼
家や保険の契約など大金が関わる契約書だろう。今よりも若く元気だった自分の様子が、署名の一画一画から伝わってくるのである。
保険証裏の臓器移植に○を付け怖いと思う長生きしよう
田島キミエ
臓器移植の意思表示の欄には、心臓・肺・肝臓などの臓器名が記されている。それを見て自分の死を生々しく想像してしまったのだ。