2019年12月03日

「塔」2019年11月号(その1)

灯台はさながらマッチの棒に見え良い事ばかりそうは続かぬ
                 紺屋四郎

遠くにある灯台を見ながら下句のことを思ったのだろう。「マッチの棒」という素っ気ない言い方が、何か悲しみのようなものを伝える。

いつかあなたの絵の中に見し水色の橋渡りゆくあなたの通夜へ
                 酒井久美子

あなたの家の近くに架かる橋なのだろう。絵の中の世界と現実の世界が混じり合うような不思議な感覚が、生と死の隔たりにも通じる。

初蟬の夕べ夫と見ていたり中井貴一の長きくちづけ
                 山下裕美

テレビで映画やドラマを見ている場面。隣りにいる夫が妙に意識されてしまう。「中井貴一」と「長きくちづけ」の音の響き合いが絶妙。

よく喋る運転手なり天性のものではおそらくない快活さ
                 金田光世

乗車したタクシーの運転手の明るさが職業的な努力によるものだと感じ取る。作者もまたそういう努力をしているからかもしれない。

契約の署名の中にあの時の体力があり跳ねも払いも
                 竹田伊波礼

家や保険の契約など大金が関わる契約書だろう。今よりも若く元気だった自分の様子が、署名の一画一画から伝わってくるのである。

保険証裏の臓器移植に○を付け怖いと思う長生きしよう
                 田島キミエ

臓器移植の意思表示の欄には、心臓・肺・肝臓などの臓器名が記されている。それを見て自分の死を生々しく想像してしまったのだ。


posted by 松村正直 at 22:41| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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