2019年11月30日

生沼義朗歌集 『空間』

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2004年から2017年までの作品356首を収めた第3歌集。

救急の部署名サインはQQと書けば済みたり救急なれば
生者は青の、死者はグレイのストレッチャーで運ばれておりそれぞれの室に
素寒貧、素寒貧とぞ鳴りそうな秋の畑を電車はよぎる
大糸線は陽から陰へ転じたり南小谷を境目にして
水滴のあまた残れる浴室のなまなましさを同居と呼びぬ
がま口の口にあらざるところから口開いてきて硬貨は洩れる
海鮮丼〈駿河〉を喰えばゆるやかな旅疲れにて眠くなりたり
耳に入りし水あたたかく戻りくるさまにわれへと還るたまゆら
天気雨止めばひかりは磨かれてされど湿気に満ちいる世界
早朝の頭上に水の音はしてこちらもトイレの水を流しぬ

1首目、「救急」は画数が多いので「QQ」で済ます。
3首目、「素寒貧」をオノマトペとして使っているのが面白い。
5首目、先に入った人の気配が浴室全体に残っている。
7首目、〈駿河〉という名前が旅先の食堂っぽさを感じさせる。
9首目、「磨かれて」に天気雨の後の光の感じがうまく出ている。

アララギ的な写生とは違ってざらりとした感触が残る歌が多い。

2019年6月30日、北冬舎、1400円。

posted by 松村正直 at 16:31| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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