海老のひげみたいなものがのつてゐるサラダを食べるどこからか風
森尾みづな
「海老のひげみたいなもの」がいい。名前は知らないけれどよく見かけるやつ。調べると糸唐辛子と言うらしい。風にひげがそよぐ感じ。
あ、鴨じゃあと畑にそっと歩み寄る子らおりふるさとの夏の夕
魚谷真梨子
出産のために帰省している作者。「あ、鴨じゃあ」が、いかにものどかな故郷の感じを伝える。子どもの頃と変わらない風景なのだろう。
この町に住んだらきっとカーテンを開けて最初に見るだろう川
松岡明香
進学や引越しを控えているのだろうか。転居したら日常の暮らしに入ってくるものとして旅先の川を眺めている。視点がとても新鮮だ。
無愛想にレジを打つ人この店の閉店を誰もが知っている
岡崎五郎
「閉店」は廃業の意味に受け取った。残り少なくなった時間を今までと同じように過ごしている。地元の人に親しまれてきた店なのだ。
父の手紙捨てるをためらいおりしかどひとつ捨てればつぎつぎ捨てる
よしの公一
前後の歌から「父の手紙」は亡き父が手元に残した手紙とわかる。父の人生の証を捨てるのは忍びないけれど、もう必要のないものだ。
行かないで 絶叫ののちタックルのごとく抱きつく夢なれば父に
石橋泰奈
「夢なれば」なので、実際にはそうできなかったという後悔。「タックルのごと」に迫力がある。別れ、または死の場面かもしれない。
釣られたる桶の鱚みなわれを見るせめて巧みに捌いてくれと
壱岐由美子
もう後は食べられるしかない鱚たち。その目がじっと自分を見ているように感じたのだ。下句はユーモアだが、かすかな痛みも感じる。