2019年10月26日

笠木拓 歌集『はるかカーテンコールまで』


343首を収めた第1歌集。
やがて失われてしまうという感覚や、それゆえに愛おしい一瞬が詠まれている。

飛ぶものを目で追いかけた夏だった地表に影を縫われて僕は
(永遠は無いよね)(無いね)吊革をはんぶんこする花火の帰り
青鷺、とあなたが指してくれた日の川のひかりを覚えていたい
じゃあねって手を振りながらこの風はいつか誰かの声だった風
白鍵ははかない渚あたたかな雨に打たれるのを待っている
ストロベリー・フェアのメニューを卓に伏せ鈍くあかるい雲を仰いだ
ふりむいたあなたから手は降りてきて髪にさわりぬエスカレーター
橋の上は風がつよくてきこえない かたむいたまま遠のくカモメ
親指ほどの影が舗道をすべりゆきある花びらの着地に出会う
ずぶぬれの夜のあなたが連れてきた春のつめたい牛乳プリン

1首目、強い日差しに影を縫い付けられて動けないような感覚。
2首目、花火大会の帰りの電車は混んでいて、一つの吊革を二人で「はんぶんこ」している。永遠のものはないと知りつつ憧れる。
3首目、「覚えておこう」ではなく「覚えていたい」。強く念じてもやがて忘れてしまうことを知っているのだ。
4首目、「じゃあね」という声もまた風になって消えてゆく。
5首目、白鍵を砂浜に、ピアノを弾く指を雨に見立てているのだ。
6首目、早春のファミリーレストラン。明るい季節と薄暗い心。
7首目、上りのエスカレーターの上の段にあなたがいる。
8首目、河口に近い橋だろう。カモメも強い風に煽られている。
9首目、実際の花びらよりも大きかった影に花びらが重なる。
10首目、「買ってきた」ではなく「連れてきた」がいい。「連れてきた」と「つめたい」、「ずぶぬれ」と「牛乳」が響き合う。

2019年10月1日、港の人、2000円。


posted by 松村正直 at 15:44| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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