引継ぎの最後に黙って渡されし封筒見れば「どっかの鍵」と
河野麻沙希
業務に必要な様々な引継ぎを終えた後に受け取った「どっかの鍵」。前任者も一度も使うことのなかった鍵だろう。でも、捨てるわけにもいかない。
つばめの子カラスに食われ死にたるを子は告げに来て走り去りたり
福西直美
凄惨な現場を目撃した子は心がいっぱいになり、誰かに告げなければ耐えられなかったのだ。結句「走り去りたり」に小さな子の悲しみが溢れている。
黒潮の力受けよと加計呂麻の塩の届きぬ退院の日に
大空博子
奄美の加計呂麻島で作っている天然の塩を友人が送ってくれたのだ。豊かな海の力を取り込んで早く元気になってほしいとの気持ちが伝わってくる。
助走が必要だから逃げだせない フラミンゴ舎にぎゆつとフラミンゴ
森永絹子
屋根のないフラミンゴ舎なのだろう。でも、羽が切ってあるわけではなく、助走ができないから飛び立てないのだと言う。何か象徴的な話にも感じる。
雨って世界でいちばんおだやかな暴力みたい 五月が終わる
帷子つらね
世界中のあらゆる場所を打つことのできる雨。それを「暴力」と捉えたのが個性的だ。豪雨でなくても、雨には暴力性が潜んでいるのかもしれない。
言い直しをさせられるたび濁りゆく子の声にまた夫が怒る
吉田 典
何とも痛々しい場面。子の返事や言い方に納得できない父親が何度も言い直しをさせているところ。「口先だけで謝ってもダメだ!」という感じか。
遠くだから会えないねという遠いままそこにいてその橋のふるさと
川上まなみ
故郷にとどまる人と離れた人との関係を詠んだ歌か。本当は遠く離れていてもお互いの気持ちさえあれば会うことができるのにという思いだろう。
虫眼鏡かわるがわるに見る絵巻むかしの国に二人が暮らす
丸山恵子
虫眼鏡で覗き込んでいるうちに、絵と現実が入り混じり、絵の中に入り込んでしまうような面白さ。「かわるがわる」なので、作者も二人でいるのだ。