副題は「秀歌鑑賞」。
1963年に創元社から刊行された『万葉の歌をたずねて』を改題改装したもので、内容は同じ。ただし巻頭の写真2枚は別のものになり、「改題改装にあたって」という文章6行が追加されている。
万葉集から190首の歌を引いて鑑賞しているのだが、楽しみながら書いている感じがよく伝わってくる。ところどころ高安さんの個性が出ているところが特に面白い。
人麿歌集
うち日(ひ)さす宮道(みやぢ)を人は満ち行けど吾が思ふ君は
ただ一人のみ (巻十一 二三八二)
ウチヒサスは枕詞。「都大路に人は満ち満ち歩いて行くが、私の思う人はただ一人だけ」という、これも人情の普遍的な表現になっています。こういうのは、真理を含んだ格言やことわざにも近く、何もない人には何でもなく、しかし一旦そうした立場に立った人の心には、わがことのように真実なものとして蘇って来る種類の歌でしょう。この歌はやはり女性の口吻と見られますが、男にだってこういう気持になることはあるでしょう。
淡々と書いているようでありながら、実はけっこう熱の入った文章だ。いかにも自分も「そういう立場に立った人」であると言わんばかり。最後の「男にだって」はまるで「私にだって」と言っているかのようにも思われる。
高安国世、この時50歳。一体、何があったんだ、国ちゃん・・・
1972年1月20日、創元社、350円。