池の面へまた地の上へ椿落つ 選べざる死のいづれも朱し
西山千鶴子
池のほとりに咲く椿は、水面に落ちるか地面に落ちるか自分では選べない。「池」と「地」の文字が似ているのが効果的。人間の死をきっと同じだ。
目を閉じても間違えないで弾けるけれどピアノは春を映してしまう
椛沢知世
上句から下句へのつながりが不思議な歌。ピアノの話をしているように見えて、どこからか作者の意識と無意識の話に移り変わっているのが面白い。
君が寝て私が起きているときの世界の進み方がやや遅い
鈴木晴香
二人の時と自分だけが起きている時で、時間の流れ方が違う。眠った人のそばに取り残されて、まるで別の世界に来てしまったかのように感じる。
海の見える席に座れず半島の北へ北へとバスに揺られる
山下好美
「海の見える席」に座った歌はよく見かけるが、これは座れなかった歌。海の見えない側の窓を眺めながら、残念な気持ちをずっと抱き続けている。
できたてのベビーカステラ食べながら歩く桜のある方向へ
佐原八重
花見の会場近くの夜店で買った温かいベビーカステラ。「桜」を下句に持ってきた語順がいい。この先に見えてくる桜に対する期待感も伝わる。
「ヤマネさん」呼びまちがえられてそのままにしばらく暗い所で
暮らす 山名聡美
「ヤマナ」を「ヤマネ」と一字間違えられて、でも訂正できずに黙っている場面。ヤマネは巣穴に籠って冬眠するので、下句のイメージが出てきた。
女ひとり顔はがされし写真あり天金あせし父のアルバム
宮城公子
背後に物語を感じさせる作品。亡くなった父のアルバムに見つけた女の写真。父と一体どういう関係にあった人なのか。謎は深まるばかりである。
ロッキング遊具に揺られ子の足もラッコの足も行きつ戻りつ
若月香子
公園にある動物の形をした前後に動く遊具。乗っている子の足だけでなく、遊具のラッコの足に着目したのがいい。ラッコと一緒に遊んでいる感じ。