万人に知られてもよい願いごと四角い絵馬に書かれていたり
岡本幸緒
神社の絵馬掛けに納められた絵馬は、誰でも中身を読むことができる。上句の言い方は、反対に「人に知られてはいけない」願いごとを想像させる。
ひとつ割ればひとつ買い足し我と夫の土鍋の柄のそろうことなし
山下裕美
対で買った食器でも両方同時に割れることはない。割れる時は一つずつである。いつもずれて揃わない土鍋の柄に、夫婦のありようが垣間見える。
はだか畝湯気を立てをりくぷくぷと昨夜の雨みづ吸ひし黒土
小澤婦貴子
「はだか畝」がいい。まだ立てたばかりの何も植えていない畝のことだろう。二句以下は、土がよく肥えていて生きているのが伝わってくる描写だ。
それでも世界は微動だにせず霧雨の中を丸鋸の音は響きぬ
小川和恵
初句「それでも」から始まる4・4のリズムに力がある。下句は何かの建設現場だろうか。「霧雨」と「丸鋸の音」に作者の憤りや無力感などが滲む。
皮を剝けばしろきりんごのあらわれて「勝ち負けじゃない」は
勝者のことば 朝井さとる
赤い皮の下から姿をあらわす白い果肉。下句、なるほど言われてみればその通りだと思う。勝ち負けにこだわらずに済むのは自分に余裕があるから。
筍の穂先はつかに出でてゐて見つけらるるまで見つからずあり
入部英明
下句は当り前のことなのだけれど一つの発見。いったん見つければ、周りの土とは違って見えるようになる。だが、見つけるまでは土でしかない。
みづたまりのみづ飲んでゐる野良猫のよく動く舌が肉の色なり
小林真代
「肉の色」という把握が生々しい。舌というのは肉が剥き出しになっている部位なのだ。日常の何でもない光景が、途端に不気味なものに感じられる。
ぼた餅を一つ供える少しだけ母の甘さに足らぬこと詫び
岩尾美加子
生前の母が作っていたぼた餅に比べ、自分の作るぼた餅は甘さ控えめなのだ。甘いのが好きだった母を偲びつつ、春のお彼岸に供えているところ。