2019年07月23日

「塔」2019年7月号(その1)

 万人に知られてもよい願いごと四角い絵馬に書かれていたり
                          岡本幸緒

神社の絵馬掛けに納められた絵馬は、誰でも中身を読むことができる。上句の言い方は、反対に「人に知られてはいけない」願いごとを想像させる。

 ひとつ割ればひとつ買い足し我と夫の土鍋の柄のそろうことなし
                          山下裕美

対で買った食器でも両方同時に割れることはない。割れる時は一つずつである。いつもずれて揃わない土鍋の柄に、夫婦のありようが垣間見える。

 はだか畝湯気を立てをりくぷくぷと昨夜の雨みづ吸ひし黒土
                          小澤婦貴子

「はだか畝」がいい。まだ立てたばかりの何も植えていない畝のことだろう。二句以下は、土がよく肥えていて生きているのが伝わってくる描写だ。

 それでも世界は微動だにせず霧雨の中を丸鋸の音は響きぬ
                          小川和恵

初句「それでも」から始まる4・4のリズムに力がある。下句は何かの建設現場だろうか。「霧雨」と「丸鋸の音」に作者の憤りや無力感などが滲む。

 皮を剝けばしろきりんごのあらわれて「勝ち負けじゃない」は
 勝者のことば                 朝井さとる

赤い皮の下から姿をあらわす白い果肉。下句、なるほど言われてみればその通りだと思う。勝ち負けにこだわらずに済むのは自分に余裕があるから。

 筍の穂先はつかに出でてゐて見つけらるるまで見つからずあり
                          入部英明

下句は当り前のことなのだけれど一つの発見。いったん見つければ、周りの土とは違って見えるようになる。だが、見つけるまでは土でしかない。

 みづたまりのみづ飲んでゐる野良猫のよく動く舌が肉の色なり
                          小林真代

「肉の色」という把握が生々しい。舌というのは肉が剥き出しになっている部位なのだ。日常の何でもない光景が、途端に不気味なものに感じられる。

 ぼた餅を一つ供える少しだけ母の甘さに足らぬこと詫び
                          岩尾美加子

生前の母が作っていたぼた餅に比べ、自分の作るぼた餅は甘さ控えめなのだ。甘いのが好きだった母を偲びつつ、春のお彼岸に供えているところ。


posted by 松村正直 at 07:59| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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