「塔」所属の作者の第1歌集。
2006年から2017年までの401首を収めている。
測量の人が見ている測量の世界の中を通ってしまう
刃物もて林檎ひらけばふた粒の種もしろじろとひらかれている
サーカスを家族で見たという過去のだんだん作りものめいてくる
絶対に打ち首だよねとわらいあう母と妹アンド煎餅
店員の人たちだけで笑い合うその風下で肉蕎麦を食う
ぎりぎりに飛び乗ってきた人間の生きている音もろに聴こえる
山椒が冷凍庫へと移転せり母のためしてガッテンゆえに
「それが今の、奥さんです」で結ばれる話をつまり聞かされていた
帰りがけにふたたびを見る木蓮は高きところの花ひらきたり
差してない人と三人すれちがい四人目が来て我はたたみぬ
1首目、測量機を覗いている人には日常と別の世界が見えている。
2首目、黒い種が切られて内側の白い断面を見せているところ。
3首目、記憶は時間とともに変容するし、捏造されることもある。
4首目、「アンド煎餅」が絶妙。煎餅を食べながらの罪のないお喋り。
5首目、何となく居心地の悪さを感じてしまう。「風下」がうまい。
6首目、電車の駆け込み乗車。激しい息づかいや鼓動が聞こえる。
7首目、テレビ番組で勧められた通りにする母。
8首目、何だ、結局はのろけ話だったのかよという思い。
9首目、行きには咲いていなかったのだろう。渋い味わいがある。
10首目、雨が止んだ時の傘の話。「四人目」なのでわりと慎重派だ。
発想や言い回しが面白く、ぐいぐいと読み進められる歌集。ユーモアや皮肉がよく効いていて、ほのかな悲哀も感じる。
小題の付け方にも工夫があり、別々の2首から取った言葉を組み合わせた題が多い。「友じゃないけどセロテープ」「犬の中にも西行」「いつもよりコウモリ」「いい夫婦落ちています」「大人六人永久磁石」など、シュールな味わいがある。
一方で、どの歌も同じテイストであるため、たくさん読んでも深まっていくということはない。一首一首が永遠に繰り返される感じ。そのあたりをどう評価すれば良いのか迷う。
2019年6月16日、青磁社、1800円。