2019年07月06日

「塔」2019年6月号(その2)

 「これでもうおあひこだから」はるばると鍵を届けて君は笑へり
                        永山凌平

何がどう「おあひこ」なのかはわからないが、二人の関係性が窺える感じがする。部屋の合鍵を返しに来た場面と読んだが、全く別の鍵かもしれない。

 すぐ帰るつもりだつたね取り置きし最中のみつかる義父(ちち)の
 引き出し                 今井早苗

義父は入院してそのまま亡くなったのだろう。死後に片づけをしていた見つかった最中が悲しい。ついに食べることできずに残されたものである。

 就活の解禁を機にあっさりと子は髭面をやめてしまいぬ
                        垣野俊一郎

「いちご白書をもう一度」では長髪を切るが、ここでは髭。髭を剃ってすっきりした子の顔を見て、安心するとともに少し物足りない気もしたのだろう。

 かなあみに口塞がれて旧道のトンネルの中に苔は光りぬ
                        永久保英敏

「口塞がれて」が生々しい。使われなくなって封鎖されたトンネルであるが、金網越しに見える苔の輝きがまだ生きていると訴えているかのようだ。

 道を訊くやうに近づききたる人けふ何曜日ですかと問へり
                        西山千鶴子

道を訊かれることはよくあるが、曜日を尋ねられるのは珍しい。何のために知りたかったのか謎めいている。店の休業日や特売日の関係だろうか。

 健やかなわれは何処の旅にあるもう戻らぬと医師は説きたり
                        山田精子

病気をして元の身体には戻れないと告げられたのだ。それを上句のように表現したのがいい。今も元気にどこかを旅している身体を想像している。

 山で折りし左小指が曲がりしまま顔洗ふたび鼻孔に入る
                        いわこし

登山中の事故で曲がったままになった指。毎朝顔を洗うたびに、怪我を負った時のことが脳裡に甦るのだろう。「鼻孔に入る」がよく効いている。

posted by 松村正直 at 07:27| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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