甘やかに雨がわたしを濡らすとき森のどこかで鹿が目覚める
完全な剝製はなく手彩色版画の中を歩むドードー
人がみな上手に死んでゆく秋は小豆ことこと炊きたくなりぬ
清明をまずシーミーと読むときに移住七年目の青葉雨
あねったいという語に絡みつく暑さねっとり雨季が近づいてくる
「さけるチーズ」みたいに世界は引き裂かれ時が経つほど干涸びてゆく
「犬の耳」みな折り戻し愛犬を手放すように本を売りたり
思い出は画素の少ない方がいい大事なものは抜け落ちないから
島抜けの暗き歓び思うなり月に一度の東京出張
絶滅した鳥の卵の美しさ『世界の卵図鑑』のなかの
シリーズ「令和三十六歌仙」1。
364首を収めた第5歌集。
1首目、上句から下句への飛躍が美しい。
2首目、17世紀に絶滅して今では絵の中にだけ存在する鳥。
3首目、上手に死ぬとはどういうことか考えさせられる。
4首目、「せいめい」でなく真っ先に「シーミー」と読むようになったのだ。
5首目、ひらがな表記の「あねったい」がうまく効いている。
6首目、現在の世界情勢を「さけるチーズ」に喩えたのがおもしろい。
7首目、ドッグイヤーは本のページの隅を三角に折ること。
8首目、鮮明であれば良いというわけでもないのだ。なるほど。
9首目、島流しになった罪人が島を逃げ出すような後ろめたさと喜び。
10首目、もう産まれないからこそ一層美しく感じられるのかもしれない。
2019年5月1日、砂子屋書房、2800円。