2019年04月28日

「塔」2019年4月号(その2)

 壁紙を紺碧色に張り替える あなたの嘘がうそでなくなる
                       増田美恵子

上句と下句に明確な因果関係はないと読んだ。壁紙を張り替えたことで気分が変わり、相手の発言に対する受け取り方が変化したのではないか。

 ちちははの諍ふこゑに覚めたりし真夜の向うに聞きし海鳴り
                       栗山洋子

子どもの頃の記憶だろう。両親の喧嘩している声が静かな夜更けの家に響き、外からは海鳴りの音が聞こえる。今も忘れられないもの悲しさである。

 水仙が今年は遅いとまづ言ひて書かれし手紙言ひ訳にほふ
                       高橋ひろ子

水仙の開花が遅いのは単なる事実であるが、そこに言い訳の話を始めようとする相手の姿勢を感じ取ったのだ。「早い」と「遅い」でニュアンスが違う。

 ピサの斜塔を軽くささえるポーズして妻になりたてのわたしが写る
                       冨田織江

ピサの斜塔での記念撮影のお決まりのポーズ。でも、それは今のことではなく新婚当時の写真の話なのだ。「妻になりたて」に歳月の経過を感じる。

 水漏れは水のせいにはあらずして徴用工の苦き汗水
                       永久保英敏

日韓両政府の争いの種になったまま一向に補償などが進まない徴用工問題。その責任は一体どこにあるのかを「水」に喩えて鋭く問い掛けている。

 コンビニより出で来し主治医目の合へばあづきアイスを袋にしまふ
                       川田果弧

店の外に出て今まさにアイスを食べ始めようとしたところだったのだろう。目が合った瞬間の主治医の気まずそうな表情がありありと浮かんでくる。

 黒板の端から端まで数式を書く生徒あり 恋をしてるな
                       鳥本純平

結句の飛躍が印象的な歌。前に出て黒板の問題を解く生徒のいきいきした様子から想像したのだろうか。直感でわかってしまう感じがうまく出ている。

 たけくらべおおつごもりににごりえをちゃんぽんで読む冬休みかな
                       松岡美佳

『たけくらべ』『おおつごもり』『にごりえ』は樋口一葉の小説のタイトル。括弧に入れなかったところが上手い。平仮名表記が効果的に用いられている。

posted by 松村正直 at 22:31| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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