蟷螂の歩める形に死にて居り歩みゆきつつ死にたるならむ
竹之内重信
まるで生きているみたいに立ったまま死んでいるカマキリ。どこかへ行く途中だったのか。死ぬ時はこんなふうに死にたいという作者の思いも滲む。
ムンクの『叫び』の目から鼻から泡立ちて蓮根天婦羅からりと揚がる
橋本恵美
輪切りの蓮根をムンクの「叫び」の顔に見立てたのが面白い。「目から鼻から泡立ちて」にユーモアと怖さがあって、まさに「叫び」という感じがする。
日常は二択にあふれ「年賀状以外」の穴に月詠おとす
田村龍平
年末年始の郵便ポストは「年賀状」と「年賀状以外」に分かれていることが多い。そんな二択を積み重ねるのが生活であり人生なのかもしれない。
ホールには地元ゆかりの画家の絵が並びいづれも知らぬ人なり
益田克行
市民ホールのような場所だろう。全国的によく知られた有名画家ではなく、郷土の画家の絵が飾られている。その少し寂しげな雰囲気が出ている。
一度きりフェリーで会った仙台の夫婦からの賀状二十九枚目
高原さやか
旅行先で乗った船でたまたま出会って話をした相手。その時に連絡先を聞いて写真を送ったりしたのかもしれない。それから二十九年が流れたのだ。
はげましてほしいだけなのに一緒にかなしんでしまうからな、と子は
中田明子
ほとんどすべて子の台詞だけで成り立っている一首。子の悩みに深く寄り添っていたら、痛烈な一言を食らわされたのだ。親としては立つ瀬がない。
ひとりっこにいちど生まれてみたかった エレベーターに運ばれている
紫野 春
兄弟姉妹が欲しかったという歌は時々見かけるが、これは反対。上句が印象的で、「いちど」がよく効いている。きょうだいがいる苦労もあるのだろう。
野兎の糞の一山さらさらと砂糖のように霜が包めり
川口秀晴
ころころとした糞が何個かまとまって山になっている。そこに白い霜が降りてキラキラと光っている様子。「砂糖のように」に野生の美しさを感じる。