2011年から2016年までの作品を収めた第12歌集。
客待ちの一台が出てつぎつぎと車の明かり広場に動く
吹きさらす風の向き急に変はるとき野ずゑの草のかがやきを増す
くもり日の空気濃くなり飛ぶ虫の地(つち)の面(おもて)をすれすれにゆく
忘れやすくなるはお互ひさまなれどお互ひを忘れるまでにいたらず
ひかりにも音があるかと思ふまでむかひのビルのガラスきらめく
母の日は母のなき日と意識する日となりて五年クレマチス咲く
髭剃りを終へてつるんとしたる顎 負けさうなときは丹念に剃る
遠目にも見えて水路のかがやくは水の面(おもて)に風のあるらし
同窓会名簿に見るにわれの名は「故」と「故」の間にはさまれてゐる
夜ふかき街ゆけば角を曲がるたびひとり消えふたり消えてなくなる
1首目、駅前広場にならぶタクシーのヘッドライトの列。
2首目、草が一斉に裏返るような感じだろう。
3首目、天候によって虫の飛び方は違う。
4首目、老いへの不安をユーモアに包んで詠んでいる。
5首目、佐太郎の「菊の花」の歌を思い出す一首。
6首目、母が亡くなって五年になるということだ。
7首目、下句がいい。気分がよく伝わってくる。
8首目、シンプルな内容だけに丁寧な描写が光る。
9首目、同世代に死者が増えていることを意識する年齢。
10首目、宴会の帰り道だろう。最後には一人になるのだ。
2017年10月20日、短歌研究社、2800円。