十年前のわれと十年後のわれの中間のわれ微恙を脱す
台風の余波なる風に運ばれて雲といへども忙しさうなり
長崎の街にわざわざ来てくれし岩手ナンバーの横に駐車す
長崎駅一番ホーム行きどころなくてレールは砂利に突つ込む
昨日蕎麦この日は餅を椀に入るひと日ふた日と逝かしめながら
わが店の自販機なれど百三十円入れて朝々コーヒーを買ふ
行列を作りてまでもラーメンを食べたき人の五人目となる
ガラスといふガラスが砕け散りしときなんと無防備な人間の皮膚
もがれたる片腕抱きて死にてゐし人のことなど父は語りき
悪口を言はれたること三日ほど恨み四日目けふも変らず
師の竹山広ふうなシニカルな視点を感じさせる歌が多い。
1首目、「微恙」は軽い病気。同じ十年でも老いの速度が違ってくる。
3首目、遠いところからわざわざ観光に来てくれてというユーモア。
5首目、「蕎麦」と「餅」から、大晦日と元日であることがわかる。
7首目、他者への皮肉かと思って読むと、作者もその一人なのが面白い。
8、9首目は原爆の歌。もげてしまった自分の腕を大事に抱えていたのが悲しい。
2019年3月30日、なんぷう堂、1000円。