2019年03月26日

「塔」2019年3月号(その2)


無防備に咳、伸び、くしゃみができなくなりて三十六のからだになりぬ
                         丸本ふみ

他人に対しての配慮という意味だけでなく、身体も若かった頃とは感覚が違ってきたのだ。「三十六のからだ」にその年齢ならではの実感がある。

 伊右衛門と和菓子の並ぶぬばたまの夜の会合みなさん静か
                         坂下俊郎

ペットボトルの「伊右衛門」と和菓子が一人に一セットずつ置かれている。その様子が結句「みなさん静か」とうまく呼応して、場の様子が目に浮かぶ。

 せせらぎのボタンを押せば細流(せせら)いでしまう夥しき懊悩が!
                         太代祐一

近年のトイレに付いている消音用の「せせらぎ」の音。「せせらぐ」と動詞化して使っているのがユニーク。装置の持つ欺瞞性が暴かれる感じがする。

すれちがうふとき一度だけ鳴らしあふ定期航路のあかしあ、はまなす
                         松原あけみ

船と船がすれ違う時にそれぞれ汽笛を鳴らし合うのだろう。「あかしあ」「はまなす」のひらがな表記の優しさも印象的で、船が生き物のように感じる。

 うまれたのと尋ねるわれに渡されし青き体のあたたかな肌
                         吉田 典

出産の場面を詠んだ歌。陣痛と出産の痛みに耐えるのに必死で、生まれたかどうか自分ではわからなかったのだ。「青き」が何とも言えず生々しい。

 あらひざらひ話して楽になるならば、なるならば冬の線香花火
                         永山凌平

すべて話したところで心が楽にならないことを知っているのだ。「なるならば」の繰り返しに悲しみが滲む。黙って線香花火を見つめるしかない。

 ただいまと言ひお帰りと言つてみるしづもる塵を起さぬやうに
                         足立信之

ひとり暮らしの家に帰ってきた場面と読んだ。自分で言った「ただいま」に対して自分で「お帰り」と言ってみたのだろう。下句に侘しさが感じられる。

 十余年通う歯科医に昼下り町で出会えば案外若い
                         宮脇 泉

長い間通ってよく見知ったはずの顔なのに、白衣やマスクではない私服姿だとずいぶん印象が違ったのだ。偶然の出会いの様子がよく伝わってくる。


posted by 松村正直 at 23:45| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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