2019年03月25日

「塔」2019年3月号(その1)


 母ちがふ妹ふたりどちらにもわたくしがゐる違ふかたちに
                         落合けい子

二人いる妹のうち下の妹は異母妹で、同じ姉妹と言っても微妙に関係が異なるのだろう。でも、作者にとっては大事な妹であることに変わりはない。

 直線に弓を弾きつつ円やかに音を拡げるバイオリニスト
                         新川克之

弓を前後に動かすことで音が出るバイオリン。演奏者を中心に円形に音が広がっていく。「直線」と「円やか」という幾何学的な対比がおもしろい。

 「善」の字は消えて「光寺」の残りゐる蝋燭の火に線香ともす
                         干田智子

善光寺という文字が入っていた蝋燭の上部が溶けて「光寺」だけが残っている。その字を見るたびに善光寺に参った記憶が甦るのかもしれない。

 滝のごとガラスをながるる今日の雨 桜えび丼ほのほの紅し
                         東郷悦子

激しく降っている雨を眺めながら食べる桜えび丼。水のイメージと桜えびの紅さの取り合わせがいい。丼からは温かな湯気が立っている気がする。

 大量の洗濯物が帰国するごはんがまずかったと言いながら
                         荒井直子

子どもが外国旅行から帰って来たところだろう。子と言わず「洗濯物」と言ったのがいい。何日分も溜まった洗濯物をまずは洗わなくてはならない。

 階段を走っておりる若猫の背中の肉の動くを愛す
                         山名聡美

子猫でも老猫でもなく「若猫」。階段を降りる時は背中の筋肉の動きがよく見えるのだろう。座っている時とは違ってしなやかで獣らしい姿である。

 犬五匹五本のリードにつながれて肛門五つが並んで行けり
                         宗形 光

「五匹」「五本」「五つ」と数詞を並べた歌。上句はごくごく当り前なのだが、下句で「肛門」に焦点を当てたのがいい。光景がぱっと目に浮かぶ。

 順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
                         田宮智美

「順繰りに」ということは、いつ自分がその標的にされるかもしれないのだ。下句のような何気ない一言にも、作者の心はぴりぴりしてしまうのだろう。


posted by 松村正直 at 11:11| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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