母ちがふ妹ふたりどちらにもわたくしがゐる違ふかたちに
落合けい子
二人いる妹のうち下の妹は異母妹で、同じ姉妹と言っても微妙に関係が異なるのだろう。でも、作者にとっては大事な妹であることに変わりはない。
直線に弓を弾きつつ円やかに音を拡げるバイオリニスト
新川克之
弓を前後に動かすことで音が出るバイオリン。演奏者を中心に円形に音が広がっていく。「直線」と「円やか」という幾何学的な対比がおもしろい。
「善」の字は消えて「光寺」の残りゐる蝋燭の火に線香ともす
干田智子
善光寺という文字が入っていた蝋燭の上部が溶けて「光寺」だけが残っている。その字を見るたびに善光寺に参った記憶が甦るのかもしれない。
滝のごとガラスをながるる今日の雨 桜えび丼ほのほの紅し
東郷悦子
激しく降っている雨を眺めながら食べる桜えび丼。水のイメージと桜えびの紅さの取り合わせがいい。丼からは温かな湯気が立っている気がする。
大量の洗濯物が帰国するごはんがまずかったと言いながら
荒井直子
子どもが外国旅行から帰って来たところだろう。子と言わず「洗濯物」と言ったのがいい。何日分も溜まった洗濯物をまずは洗わなくてはならない。
階段を走っておりる若猫の背中の肉の動くを愛す
山名聡美
子猫でも老猫でもなく「若猫」。階段を降りる時は背中の筋肉の動きがよく見えるのだろう。座っている時とは違ってしなやかで獣らしい姿である。
犬五匹五本のリードにつながれて肛門五つが並んで行けり
宗形 光
「五匹」「五本」「五つ」と数詞を並べた歌。上句はごくごく当り前なのだが、下句で「肛門」に焦点を当てたのがいい。光景がぱっと目に浮かぶ。
順繰りに人が嫌われゆく職場 あ、そのお弁当おいしそうだね
田宮智美
「順繰りに」ということは、いつ自分がその標的にされるかもしれないのだ。下句のような何気ない一言にも、作者の心はぴりぴりしてしまうのだろう。