2019年03月02日

「塔」2019年2月号(その2)

 夢をみて目覚めぬままにゆくこともあるやも知れずあるを願えり
                         西村清子

「ゆく」は「逝く」の意味。眠りながら夢を見ながら死ぬことができたら、確かに何の苦しみもなくて幸せなことだろう。でも、自分では決められない。

 〈ここまでのあらすじ〉彼は結婚し家と職場を行き来してゐた
                         益田克行

連載小説などでよく見かける「ここまでのあらすじ」という言葉を取り込んだのが面白い。三句以下はおそらく作者自身のこれまでの人生のこと。

 落ちている手袋が道に指四本広げて鳥の地上絵のよう
                         川上まなみ

結句の比喩が面白い。ナスカの地上絵という全く大きさの違うものを持ってきたことで、日常の一こまが不思議な広がりを感じさせる歌になった。

 猫が水を飲む音 深い就寝の底には青い花野があって
                         田村穂隆

ベッドで眠りながら、かすかな意識のなかで猫が器の水を飲む音を聞いているところ。三句以下、現実と夢とが交錯するような美しさを感じる。

 犯人は画家だと確信得たる時かをりを立てて紅茶が届く
                         近藤真啓

喫茶店などで推理小説を読んでいる場面。本のなかの世界に没頭していると、注文した紅茶が運ばれてきて一瞬現実の世界に引き戻されたのだ。

 あったあったと生落花生を手に入れて塩茹でにしてふるさとにいる
                         真間梅子

落花生は炒って食べるのが一般的だが、地域によっては茹でて食べるところもある。塩茹での落花生を食べると故郷に帰って来たと感じるのだ。

 前の席にすわる女の眼鏡ごし雨降る車窓の景色ながれる
                         水野直美

視点の面白い歌。バスの前の座席の人の眼鏡越しに見える風景を詠んでいる。眼鏡と窓と雨を通して見える歪んだ景色に、生々しい臨場感がある。

 秋の日差しに影しっかりと僕はある いたいと決めてここにいること
                         長谷川麟

「影しっかりと」という表現が印象的な歌。地面に映るくっきりとした影を見て、自分自身の存在や決断をあらためて再確認しているところであろう。

 ベランダで黒板消しを叩いてる君が風にも色を付けつつ
                         近江 瞬

「風にも色を付けつつ」がいい。黒板消しに付いたチョークのピンクや黄色の粉が、風に舞って流れていく様子。君に寄せる恋心も滲んでいるようだ。

 行列の人数分の弁当は社務所の方に運ばれて行く
                         宮脇 泉

神社の祭の行列に参加している人が食べるための弁当。華やかで非日常的な祭の裏で、人数分の弁当の手配という現実的なことが行われている。

posted by 松村正直 at 21:30| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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