2012年に角川短歌賞を受賞した作者の第1歌集。
光沢のある黒のメタリックな表紙が美しい。
傘をさす一瞬ひとはうつむいて雪にあかるき街へ出でゆく
春のあめ底にとどかず田に降るを田螺はちさく闇を巻きをり
電車から駅へとわたる一瞬にうすきひかりとして雨は降る
墓地に立つ断面あまたそのひとつにましろき蝶の翅がとまりつ
鉛筆を取り換へてまた書き出だす文字のほそさや冬に入りゆく
川の面(も)に雪は降りつつ或る雪はたまゆら水のうへをながるる
冬の浜に鯨の座礁せるといふニュースに部屋が照らされてゐる
草に降るひかりと水の上(へ)のひかり異なりながら蜻蛉(あきつ)を照らす
感情を折り合ひながら君とゐるそれはときどき飛行機になる
絵の湖(うみ)に雨降りやまず一艘の小舟のうへに傘をさしをり
1首目、傘を差す時に誰もが行う何気ないしぐさの描写がいい。
2首目、春の雨の柔らかさと田の底にいる田螺の対比。
3首目、車両とホームの間のすき間にぱらぱらと降る雨。
4首目、「断面」という語の選びにハッとさせられる。
5首目、四句目までの描写が結句の季節感を巧みに導いている。
6首目、わずかな時間だけ溶けずに川面を流れていく雪片。
7首目、暗い部屋にテレビだけが点いているのだろう。
8首目、草の上を飛ぶときと水の上を飛ぶときの光の違い。
9首目、折り合いを付けようと努力しつつも逃避願望が兆すのだ。
10首目、結句で作者が絵の中に入ってしまったような面白さ。
全体が三部構成になっていて、第二部以降には「同音による意味のずらし」や「露悪的な言い回し」が多用される。
第二部の終わりにある「私のレッスン」は意欲作で、ルビや括弧を使って何層にも言葉を重ねた歌物語風の連作となっている。全7ページの作品だが、この方法で一冊200ページ続けてみたら、すごい歌集が生まれるのではないだろうか。
2018年12月25日、角川書店、2200円。