東平(とうなる)のナルはひらたき土地の意と思へば哀しひとの
想ひは 有櫛由之
東平は別子銅山の採鉱本部などが置かれていた場所。標高750メートルの山間のわずかに開けた土地に、かつては多くの人々が暮らしていた。
ナイターのかたちにひかりは浮かびいて広島球場車窓をよぎる
黒木浩子
山陽本線のすぐ傍にあるマツダスタジアム。電車の窓からナイターに賑わう球場の様子や照明のあかりが見える。上句の丁寧な描写に工夫がある。
十月に六週あれば散る萩をなびく芒を見に行けるのに
山下好美
あちこち出掛けたい場所はあるのに、なかなか全部は行くことができない。「六週あれば」という意表を突いた発想に、残念な気分が強く滲んでいる。
突然の死とは即ち欠員で仕事の穴は埋めねばならない
佐藤涼子
職場の同僚が若くして亡くなった一連の歌。悲しみに浸る間もなく、その人の欠けた分の仕事を誰かが補う必要がある。現実の厳しさが伝わる。
飛行機はこれでは墜ちる飛の文字の筆順友は幾度も教う
相本絢子
「飛」の字のバランスがうまく取れず歪んでいるのだろう。「飛行機はこれでは墜ちる」という言葉がユニークだ。友の熱心な指導の様子が見えてくる。
ルービックキューブ一面揃え去るドンキホーテの深夜は続く
拝田啓佑
六面揃えるのは大変だが一面だけなら誰でもできる。ほんの手すさびにやってみた感じだろう。夜中の店をさまよう作者のあてどなさも感じられる。
眠りつつ片笑みもらすみどりごは生まれる前の野原にいるか
宮脇 泉
下句がおもしろい。一般的には「何の夢を見ているのか」とでもなるところ。まだ生まれたばかりなので、すぐに生前の世界の記憶に戻れるのだ。