2019年02月06日

「塔」2019年1月号(その2)

 東平(とうなる)のナルはひらたき土地の意と思へば哀しひとの
 想ひは                    有櫛由之

東平は別子銅山の採鉱本部などが置かれていた場所。標高750メートルの山間のわずかに開けた土地に、かつては多くの人々が暮らしていた。

 ナイターのかたちにひかりは浮かびいて広島球場車窓をよぎる
                         黒木浩子

山陽本線のすぐ傍にあるマツダスタジアム。電車の窓からナイターに賑わう球場の様子や照明のあかりが見える。上句の丁寧な描写に工夫がある。

 十月に六週あれば散る萩をなびく芒を見に行けるのに
                         山下好美

あちこち出掛けたい場所はあるのに、なかなか全部は行くことができない。「六週あれば」という意表を突いた発想に、残念な気分が強く滲んでいる。

 突然の死とは即ち欠員で仕事の穴は埋めねばならない
                         佐藤涼子

職場の同僚が若くして亡くなった一連の歌。悲しみに浸る間もなく、その人の欠けた分の仕事を誰かが補う必要がある。現実の厳しさが伝わる。

 飛行機はこれでは墜ちる飛の文字の筆順友は幾度も教う
                         相本絢子

「飛」の字のバランスがうまく取れず歪んでいるのだろう。「飛行機はこれでは墜ちる」という言葉がユニークだ。友の熱心な指導の様子が見えてくる。

 ルービックキューブ一面揃え去るドンキホーテの深夜は続く
                         拝田啓佑

六面揃えるのは大変だが一面だけなら誰でもできる。ほんの手すさびにやってみた感じだろう。夜中の店をさまよう作者のあてどなさも感じられる。

 眠りつつ片笑みもらすみどりごは生まれる前の野原にいるか
                         宮脇 泉

下句がおもしろい。一般的には「何の夢を見ているのか」とでもなるところ。まだ生まれたばかりなので、すぐに生前の世界の記憶に戻れるのだ。

posted by 松村正直 at 06:18| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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