笠木拓、北村早紀、佐伯紺、坂井ユリ、榊原紘、中澤詩風、松尾唯花の7名による短歌同人誌。
ストロベリー・フェアのメニューを卓に伏せ鈍くあかるい雲を仰いだ
笠木 拓
早春のファミレスを思い浮かべて読んだ。苺がたくさん載ったメニューの明るさと窓の外に広がる曇り空。微妙な感情の起伏が感じられる一首。
中庭に降り来ることしはじめての雪を巣箱のように見ていた
笠木 拓
「巣箱のように」という比喩がおもしろい。巣箱の暗い穴から外を覗いている感じだろうか。「中庭」という限定された空間も「巣箱」と響き合う。
裸でいる方がきゅうくつ湯船では三角座りで首まで浸かる
北村早紀
服を着ている時の方が気が楽で、裸になると心細いような不安を覚えるのだろう。湯船の中で自分の膝を抱えるようにして、その不安を鎮めている。
どの光とどの雷鳴が対だろう手をつなぐってすごいことでは
佐伯 紺
雷との距離にもよるが、稲妻(光)と雷鳴(音)は数秒〜十数秒ずれる。上句の雷の話から下句の相聞的な「手をつなぐ」話への展開がいい。
煮魚のめだま吐き出すその舌が濡れおり夜の定食屋にて
坂井ユリ
目玉の周りのゼラチン質の部分を舐めて、目玉本体は吐き出したのだ。脂で濡れた舌や唇がぬめって光る様子が見えてくるようで生々しい。
生活に初めて長い坂があり靴底はそれらしく削れる
榊原 紘
転居して新しい町に住み始めたのだろう。暮らしの中に「長い坂」があって、毎日それを上ったり下ったりすることが新鮮に感じられるのだ。
硝子戸の桟に古びた歯ブラシを滑らせ春の船跡のよう
榊原 紘
古い歯ブラシを使って硝子戸の桟の汚れを擦り取るのだが、それを「船跡」に見立てたのがおもしろい。「春の」とあって、気分まで明るくなる。
人ひとり無きというその明るさを灯していたり夜の食堂
坂井ユリ
学校や寮などの「食堂」を思い浮かべた。誰もいない広々とした空間に電気だけが灯っている。無人であるゆえに一層その明るさが目に付く。
ティンパニにひらたき蓋をかぶせつつ盆地を籠める靄をおもえり
笠木 拓
皮の部分が傷まないように保護する蓋があるのだろう。楽器の形状と蓋をする動作から盆地に立ち込める靄をイメージしたところが美しい。
2019年1月20日、500円。