2012年から2017年までの作品534首を収めた第8歌集。
国内外のさまざまな場所を訪れて、歴史や死者に遠く思いを馳せている。
孔のある石がたくさん落ちてをり二百三十年前から
パンケーキふつくら焼けてアカシアの蜂蜜の蓋まだ開けられず
死なざりし紋白蝶がつぎの春黄色い蝶に変はるといへり
おまへにもみせてやるよとかまくらに子供が猫をおしこんでゐる
おとうとの灰ひとつぶも残さずに集めし刷毛使ひまた思ひいづ
この真上六百メートル上空に炸裂 スカイツリーより低く
還りこむその父のため遺されし少女の皮膚といちまいの爪
みなつきのひぐれのバスに過ぎゆける馬取(まとり)、杉瓜(すぎうり)さびしきところ
墓域への近道をして若草のなかの細溝けふも跳びたり
だれかを捜してますかと学生が声かけくれぬ ええおとうとを
1首目、浅間山の噴火で落ちた石。下句がおもしろい。
2首目、今すぐ食べたいのに蓋が固くて開かないのだ。
3首目、そんなわけないのだが、思わず信じてしまいそうになる。
4首目、猫にとってはいい迷惑でしかないのだけれど。
5首目、焼き場の係の人の丁寧な仕種に気持ちが救われたのだろう。
6首目、広島の原爆を詠んだ歌。スカイツリーとの比較が生々しい。
7首目、原爆資料館に展示されている皮膚と爪。戦地から戻ってきた父はどんな思いでそれを見たのか。
8首目、「馬取」「杉瓜」という地名の醸し出す味わい。
9首目、墓参りの時はいつもそこを跳び越えるのである。
10首目、亡くなった弟の面影を尋ねてオランダの大学を訪れた時の歌。
2018年11月4日、ながらみ書房、2500円。