2017年に59歳で亡くなった作者の遺歌集。
「音」所属。441首。
陽だまりをゆく紋白蝶(もんしろ)に空深し硝子のごとき秋の奈落は
足音は個性を持てり梅雨の夜の巡回に来るを聞きて眠りぬ
手鏡のわが視野にくる野良猫が砂を浴びつつ消えてゆくなり
静かなる午後のひととき卓上に置かれしメロンねむれるごとし
靴下を穿かせてくれる君の手よ朝のひかりにしなやかに見ゆ
絵画展に介護されつつ今日を来ぬガラスの額に汝が瞳見ゆ
刻々と硝子戸の傷の顕れて青天の日の翳は移ろう
徘徊の友は括られ十字架のイエスのごとく冬夜を眠る
菜の花の咲くひと隅は隔離舎の跡ぞ石碑の傾き立つを
秋祭り獅子と太鼓の来て過ぎる五分の時を一年は待つ
1首目、明るさと暗さ、天と地が反転するような一首。
3首目、病気で寝たきりの作者にとって「手鏡」は目の代わりだった。
5首目、施設の女性職員に対するほのかな恋心。
6首目、絵ではなくガラスに映った背後の職員の瞳を見続けている。
8首目、「十字架のイエスのごとく」という比喩が持つ痛ましさ。
10首目、来年の祭の日が非常に遠いものに感じられるのだろう。
2018年1月26日、本阿弥書店、2700円。