土石流に流されし木のずるむけの赤きしめりに夏の日射せり
上條節子
作者は広島の方。豪雨の被害に遭った場所に、表皮の剝がれた木が横たわって残っているのだろう。「ずるむけ」という言葉が何とも生々しい。
パソコンのハードディスクに積ん読の電子書籍がたまりてゆけり
岡本幸緒
「積ん読」は読んでいない本が積まれている状態のこと。電子書籍はデータなので積まれることはないのだが、それを「積ん読」と言ったのが面白い。
ちひろの切手にハガキ届きぬをみなごの顔に二本の風あと付けて
伊東 文
「二本の風あと」は消印の波線のことだろう。まるで風に吹かれているかのような表現が巧みだ。いわさきちひろの絵の少女が生き生きと見えてくる。
旅の話をするのは一度っきりでいい 寧ろ、旅とはあなたのことだ
白水ま衣
一緒に行ったのではない旅の話を相手がするのだろう。三句で切って「寧ろ、」でつないだ文体が特徴的。あなた自身の話を聴きたいという思いか。
自転車に登り来て青年自販機の飲料を買う「峠茶屋」の跡
小島美智子
かつて茶屋があった所に今は自動販売機が立っている。時代は変っても地形は昔のままだから、自転車や徒歩の人はそのあたりで喉が渇くのだ。
薬局の壁紙しろく避妊具のとなりに売られている離乳食
吉田 典
「避妊具」と「離乳食」の取り合わせが印象的。子ども産まないためのものと生まれた子どものためのもの。正反対と言ってもいいものが隣り合う。