2018年12月13日

馬場あき子歌集 『あさげゆふげ』


2015年から2018年までの作品を収めた第27歌集。

死に近き俊成が食べんといひし雪しろがねの椀(まり)にふはと盛られぬ
救急車二度来てそれぞれ老人をつれ去りぬ夏の深さは無限
どくだみを刈りたるからだ毒の香を吸ひ込みて夏の王者のごとし
午後みれば大三角形は完成し蜘蛛は確信に満ちて働く
御器嚙(ごきかぶ)りといふ名もてのどかに宥しゐしいにしへびとの朝餉(あさがれひ)ゆかし
蜂の酒飲まねど瓶(びん)に沈みゐる蜂の貌みる時々のある
ふたりゐてその一人ふと死にたれば検死の現場となるわが部屋は
夫(つま)のきみ死にてゐし風呂に今宵入る六十年を越えて夫婦たりにし
ねずみ駆除の臭ひ激しく浸(ひた)し来てわれも苦しむわれはねずみか
『君たちはどう生きるか』を読みしころ日本は徐州を攻略したり

2首目、救急車のサイレンが一晩に二度通る。他人事ではない。
3首目、下句の「夏の王者のごとし」が面白い。むしろ元気になった感じ。
5首目、「御器嚙」はごきぶりのこと。殺虫剤もごきぶりホイホイもなかった時代。
6首目、蜂を見るのではなく「蜂の貌」を見るところが生々しい。
7・8首目は夫の岩田正さんが亡くなった時の歌。風呂場で倒れて亡くなった夫を思いつつ、でも、その風呂に入るしかない。
10首目、今年大ブレイクした『君たちはどう生きるか』は1937年の小説。作者は当時9歳であった。

雀、蜘蛛、ごきぶり、鼠など身近な生き物を連作で読んだり、ただごと歌的な詠みぶりの歌があったりと、これまでとは雰囲気がずいぶん違ってきたように感じる。志賀直哉の『城の崎にて』を思い出したりした。

2018年11月3日、砂子屋書房、3000円。


posted by 松村正直 at 16:04| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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