2006年から2011年までの作品676首を収めた第4歌集。
3首組で300ページと、かなりのボリュームである。
記憶力あわきあなたは忘れゆく鎌倉駅の黒ぶちの子猫
裏門は厩舎の横にありけるを君が開きて我が閉じたり
歯を磨きながら会話を思うとき聞き違えられし言葉に気づく
アムールの真水が塩を薄めつつ海の凍りてゆくさまを聞く
道草を食っているのは馬だから人はその辺に立ちて待ちたり
ちょっとここで待っていてねと日溜まりが老婆をおきてどこかへゆけり
フラスコの首つかまえて二本ずつ運べば鳥を提げたるごとし
やがていろんな猫が入ってくるようになって芝生はトムを忘れる
すずかけの日射しは過去でしかないが私は捨ても否定もしない
遺体みな磁針のように北向きに寝かされて長き日本列島
1首目、デートで見かけた子猫のことを相手はいつか忘れてしまう。
2首目、いつも相手の後に続いて門を通り抜けたのだ。
3首目、何時間も前の会話の食い違いの理由にようやく気付く。
4首目、オホーツク海に流氷ができる仕組みの話。
5首目、「道草を食う」という慣用句を、本当の意味で使っている。
6首目、老婆が休んでいる間に日が移ってしまったのだ。
7首目、カモなどを手に提げているイメージだろう。
8首目、飼い猫のトムが死んだ後の庭。「芝生は」という主語が面白い。
9首目、自らの過去に対する向き合い方。
10首目、「磁針のように」という比喩と結句の飛躍が印象的な歌。
「らりるれろ」言わせて遊ぶ電話には山手線の放送聞こゆ
東京で働いている夫と電話している場面。かつては酔った父に電話で言わせていた言葉である。
らりるれろ言ってごらんとその母を真似て娘は電話のむこう
永田和宏『饗庭』
2018年9月25日、青磁社、3000円。