2018年11月03日

佐伯裕子歌集 『感傷生活』

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2011年から2017年までの作品397首を収めた第8歌集。

 ともに戦後を長く生ききて愛らしく小さくなりぬ東京タワー
 回すとき鍵というもの不安めき開けば黒々と海もりあがる
 誰とても親の裸は見たくなく襖のようにそろりとひらく
 桜は、そう散りかけがいいと囁かるわたしのような声の誰かに
 長方形の風を受けんと北の窓南の窓を開け放ちたり
 飛来するトンネルの穴つぎつぎに生きているまま吸いこまれたり
 どの人の仰向く顔も花に映えこの世ならざる輝きに充つ
 川よりも雲ゆく速度のはやき見て持ち重りする身体ひとつ
 右へ流れて列車の窓が去りしのち動きだしたりこちらの窓は
 天草はタコでしょと蛸の姿煮の大皿さしだすおばさんの力

1首目、作者は昭和22年生まれ。東京タワーは昭和33年竣工。
2首目、誰もいない家に帰って来て扉を開けるところだろう。
3首目、親の介護に関わる場面。上句のストレートな表現が痛切。
4首目、花見をしていて聞こえて来た言葉。下句がおもしろい。
5首目、長方形の窓の形のままに風が抜けていく感じ。
6首目、「飛来する」がすごい。「生きているまま」もすごい。
7首目、花見をしている人の顔を詠んでいて、少しこわい歌。
8首目、年齢を重ねてだんだん心の自由が効かなくなっていく。
9首目、駅で電車が行き違うところ。初句の入り方がいい。
10首目、旅先の食堂だろうか。おばさんの豪快な感じが楽しい。

2018年9月13日、砂子屋書房、3000円。


posted by 松村正直 at 16:11| Comment(0) | 歌集・歌書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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