
2011年から2016年までの作品392首を収めた第4歌集。
警備艇の名は〈みやこどり〉朗らかに都はここよここよと揺れて
祖母の口は暗渠ならねど土地の名のとめどなく溢れかけて見えざり
飛び石はどこへ飛ぶ石 つかのまの疑問のごとく暗がりに浮く
カフェはしづかな生き物にしてもこもこと形の違ふ椅子増殖す
呼ばれたらすぐ振り返るけど 本棚に擬態してゐる書店員たち
指先の震へで双子を見分けたわ戦地へ行つた方行かぬ方
見えぬ水をひとりへ注ぎ、軽くなる一方の水差しだわたしは
着く前に雨は上がつて得意ではない得意先きらきらとある
寝不足の頭の上をひらひらと雲中供養菩薩飛び交ふ
テトラポッドの太もも絡みあふ間(あひ)をしづかに行き来する
稚魚の群れ
1首目、古典を踏まえて名付けられた隅田川の警備艇。「ここよ」がオノマトペにもなっている。
2首目、高齢の祖母の記憶の中にある地名。
3首目、飛び石は飛び飛びに置かれた石だが、「飛ぶ石」として捉えた。
4首目、「形の違ふ椅子」が昨今のしゃれたカフェの感じ。
5首目、本棚に向いて黙々と作業している店員の姿。
6首目、戦地へ行った方は後遺症で指が震えるという意味だろう。
7首目、相手に対する愛情や気遣いが一方通行なのがかなしい。
8首目、「得意ではない得意先」が面白い。そういうこともしばしばある。
9首目、平等院鳳凰堂を訪れた時の歌。「寝不足」と「雲中供養菩薩」が響き合う。
10首目、「太もも」がいい。確かにあの形は言われてみれば太腿だ。
2018年8月1日、本阿弥書店、2000円。