「かりん」所属の作者の第1歌集。
川のように声はうねって流れくる商店街は春のお祭り
励ますという愉悦あり果実酒のグラスが濡らす紙のコースター
春の日のシーラカンスの展示室だれの言葉も遠く聞こえる
母を捨てる、いつか、と言えばしろがねの百合の蕊よりこぼるる火の粉
くらぐらと夜に雪ふれば雪の声つかまえており父の補聴器
青から黄、赤へとうつる信号機おまえはわかりやすくていいね
菜の花にあなたの遠くまぶしがるしぐさばかりが揺れやまざりき
いつか死ぬ身を包みたる検査着のパステルグリーン 薄羽蜉蝣
囁くという字に口よりも耳多くありて呼吸をひそやかにする
春寒の工事現場に谺する All right, all right(オーライオーライ) そうだよね、きっと
2首目、励ましに含まれる優越感。励ますだけなら責任もない。
3首目、下句がいい。まるで深海に一人でいるような気分。
5首目、補聴器はかすかな音でも拡大して捉えてしまう。
8首目、検査着を着ている時の心身の心細さ。「薄羽蜉蝣」がいい。
10首目、工事車両の誘導の声だが、自分に「大丈夫」と言い聞かせているのだ。
2018年8月30日、短歌研究社、2000円。