2018年09月29日

「塔」2018年9月号(その2)

 わたしより大きな箸を持つ夫の甲に浮かんだ青き静脈
                       大森千里

夫婦二人の食事風景。夫の手の甲に浮き出た血管を見て、年齢を感じているのだ。普段はあまり意識しないところに気付いた感じがうまく出ている。

 手を離す 果たせなかつた約束のやうに流れてゆく笹の舟
                       千葉優作

何かを失ってしまう感覚を川を流れる笹舟のイメージで詠んでいる。初句「離す」から二句「果たせなかった」へ「は」の音でつなぐ呼吸がいい。

 いわし煮る妻の無言が気にかかる青山椒が家じゅう匂う
                       中山大三

別に機嫌が悪いわけではないのだろうが、ずっと無言でいられると気になものだ。青山椒の匂いが妻の発する雰囲気を伝えているようで面白い。

 事務椅子がカモメに似たる声で鳴き午後のスタッフルームは渚
                       益田克行

椅子の軋む音をカモメの鳴き声に喩えている。昼食後の少しのんびりとしたオフィスの風景。「カモメ」から「渚」へと展開したことで広がりが出た。

 台北のメトロに「博愛席」ありてあつさり譲られ腰をおろしぬ
                       水越和恵

日本で言うシルバーシートのこと。国内では席を譲られることに対してためらいや抵抗感があるけれど、外国旅行の場ではむしろ平気だったのだ。

 脳内で文字化けしてる感情の 脱ぎ捨てられた黒い靴下
                       田村穂隆

「文字化けしてる感情」がいい。自分でもはっきりとはわからない、名付けようのない感情。下句の靴下がその感情のかたまりのように感じられる。

 防波堤を地元の猫のしなやかに尾の先見えて海側へ消ゆ
                       森川たみ子

よく見かける猫なのだろう。「地元の猫」という言い方が印象的。しっぽを上げて慣れた足取りで防波堤を歩き、海の方へすとんと降りて行ったのだ。


posted by 松村正直 at 23:01| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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