2018年08月28日

「塔」2018年8月号(その2)

 無理やりに郵便受けに挿してありきつちり四日分の新聞
                      永山凌平

旅行などで四日間家を留守にしていたのだ。「無理やり」と「きつちり」という矛盾するような二つの言葉から新聞配達人の律義さが伝わってくる。

 春先にたんぽぽたんぽぽ白き絮いつか私のいない春くる
                      岩尾美加子

子どもの頃から見慣れたたんぽぽの絮毛を見て、ふと「私のいない」死後の世界を想像する。当り前のような風景も、少し違って見えたことだろう。

 「みいちゃん」と不意に呼ばれて振り返る この地で吾はみいちゃん
 だった                  佐々木美由喜

ふるさとに帰省した時の歌。今の生活の場においては作者を「みいちゃん」と呼ぶ人はいないのだろう。一瞬にして何十年も昔の子どもの頃に帰る。

 スニーカーで成人式に出た君を妻の前ではいちおう叱る
                      垣野俊一郎

「君」は息子なのだろう。怒っている妻の手前、ちゃんと革靴を履いていかなくてはと叱ってみせるのだが、心の中では別に構わないと思っている。

 パンの上に黄身ふるふると艶めくを齧り頬張り朝をさきはふ
                      栗山洋子

目玉焼きを載せたパンを食べているだけの歌なのだが、幸福感に満ちている。「ふるふると艶めく」に鮮やかな色の黄身が揺れる様子が彷彿とする。

 寝ていても眠れぬ気持ち起きていても眠たい気持ち乳児とおれば
                      矢澤麻子

乳児を育てる母親の一日が生々しく伝わってくる。ゆっくりと落ち着いて眠ることができず、常に寝不足のぼんやりとした頭で過ごしているのだ。

 押し出さるる魚卵のごとき人群れの生きいきと見ゆ改札口に
                      岡部かずみ

初・二句の比喩が印象的。通勤・通学の時間帯時だろう。大きな駅の改札口から次々と出てくる人々。「生きいきと」と肯定的に捉えたのがいい。

 近隣のMIZUHOの場所を尋ねれば息子はさらにSiriに訊きたり
                      鈴木健示

Siriはアイフォーンなどに搭載されている音声アシスタント機能。みずほ銀行の場所を知らなかった息子は、伝言ゲームのようにSiriに訊いたのだ。

posted by 松村正直 at 08:09| Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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